日本におけるアイン・ランド書誌
Ayn Rand Bibliography in Japan 〔2004年7月〜〕
★私の見落としがあれば、お知らせくださるようお願いいたします(Aynrand2001japan@aol.com

A:翻訳
1.アイン・ランド『水源』 藤森かよこ訳 ビジネス社 2004年7月
2.アイン・ランド『肩をすくめるアトラス』 脇坂あゆみ訳 2004年10月


B:書評(発表順)
1.『水源』:共同通信配信
静岡新聞朝刊   2004年08月15日号 橋本努   p.8
神戸新聞朝刊   2004年08月08日号 橋本努   p.11
河北新報朝刊   2004年08月08日号 橋本努  p.20
京都新聞朝刊   2004年08月08日号 橋本努  p.9
山形新聞朝刊   2004年08月  日号 橋本努   不明
南日本新聞朝刊  2004年08月 日号 橋本努   不明

2.『水源』:『月刊現代』2004年10月号 副島隆彦 「ネオコンに対峙するアメリカの保守思想小説」p.317-19.

3.『水源』:『新潮』2004年10月号 柳下毅一郎 「人間嫌いの自由主義者」p.258-59

4.『水源』:『東洋経済』2004年9月18日号 橋本努 「アメリカの国民的作家による本邦初訳の大長編小説」p.112

(以下、転載させていただきました)

アイン・ランドと言えば、「アメリカの司馬遼太郎」とでもいうべき国民的な小説家だ。美しく逞しく、しかも破天荒な人生を送ったヒロイン的存在である。四〇年代から六〇年代の若者に熱狂的に受け入れられ、現在でもアメリカの書店には、彼女の本がずらっと並んでいる。

そんな彼女の待ちに待った本邦初訳書が現れた。一九二〇-三〇年代のニューヨークを舞台に、高邁な精神をもつ若き建築家の半生を描いた長編小説である。大恐慌をはさみ左傾化する社会にあって、「個人の崇高な生の肯定」というニーチェ的理想を掲げて生きる主人公のハワード・ローク。彼を中心に、時代の特徴を深く刻んだ人物たちが波乱の物語を繰り広げる。

例えば、組織内の出世術には長けているが内省力に欠け、指導性を発揮できずに転落していくキーティング。国家統制と祭司的権力を肯定し、大衆の意識を同胞愛と無私の思想によって飼い慣らそうとする左翼批評家のトゥーイー。貧困から這い上がり、愚劣な大衆紙を発行しつつも、芸術に対する審美眼を発揮するメディア王のワイナンド。いずれも著者の鋭い人間観察力によって生命を吹き込まれた道化師たちだ。

さらに物語を引き立てるのは、登場する三人の男の妻となったフランコン。反権力的な自尊心と破滅的な激情の狭間で揺れ動く彼女の精神は、主人公と並んで、「アメリカの逞しき個人主義」を象徴していよう。二〇世紀初頭のアメリカは、悪しき集団主義がはびこる大衆社会であった。そんな社会にあって卑屈さを避けるためには、「自己の内から湧きあがる欲望」を貫かねばならないと著者は訴える。本書はまさに、瀕死の自由精神を救い出した記念碑的作品だ。プロットも巧みで、読者をぐいぐいと引き込む力がある。

〔以上、転載終わり〕

5.『水源』:『日本経済新聞』2004年9月19日朝刊 越川芳明 「二流人間のリアリティ」p.23

  (以下、転載させていただきました)

本書は六十年前も昔に書かれた小説だが、熱狂的なファンに支えられて、いまなおロングセラーを記録しているという。その理由の一つは、人物設定のわかり易さにある。登場人物は、建築業界とマスコミ業界に限られ、はっきり二種類に分けられる。すなわち、徹底した個人主義に生きる真の英雄と、愚劣にも他人に寄生する「二流人間」とに。

  前者の代表としては、米国建築界の泰斗フランク・ロイド・ライトをモデルにしたといわれる天才建築家ロークがいる。無知な世間によって奇人変人扱いされるが、かれこそが自らの理念を貫く理想の人間として描かれる。また、言論界においては、タブロイド紙で一躍巨万の富を築くワイナンドという名の「独学」の巨人が出てくる。「この少年は初めての数学を、下水導管を敷設する技師たちから学んだ。地理は、波止場の船員から学んだ。社会科は、暴力団の溜まり場のような場末のクラブに出入りする政治家たちから学んだ」

   この二人の巨人に共通するのは、世間の常識などにとらわれずに物事を判断し、自らの「天職」とするもの以外には、何ものの「奴隷」にもならないという点だ。しかし、こうした「唯我独尊」の精神は、その根をたどれば、一七世紀に迫害を逃れて新天地にやってきた新教徒たちのエトスにたどり着く。それこそ、この小説が「アメリカン・ドリーム」の神話を今なお信じる米国の若者たちの間で人気を博す、隠れた要因なのだ。と同時に、本書には、社会進化論者のH・スペンサーの名前が出てくるなど、危険な優生思想が隠し味になっていることも無視できない。

  では、わが日本ではどうか。もはや松下幸之助や本田宗一郎のような超大物が出にくい現代の大衆化社会にあって、より身近に感じられるのは、皮肉にも、作者によって「二流人間」と侮蔑される登場人物たちの方である。かれらがいかに他人を騙しながら会社組織の中でトップに這いあがるか、またいかに偽善的な利他主義を唱えて大衆の心理を掌握するか、作者は憎しみを込めて語る。しかしながら、現代の一般読者は、自分自身が巨人でないこと知ってしまっているので、いかに愚劣であろうと、これらの「二流人間」の成功や挫折のほうにリアリティを感じてしまうのだ。

〔以上、転載終わり〕

6.『水源』:『アンデレ・クロス』(桃山学院大学)116号2004年10月15日号 宮本孝二 p.

7.『水源』:『諸君!』2004年12月号 藤森かよこ「本の広場」 p.243

(以下、転載させていただきました)

本書は、日本では知られざるアメリカの国民作家アイン・ランド(一九〇五−八二)の小説の初訳である。アメリカン・ドリームを達成する天才建築家を中心とした青春小説である。しかし、この作家やその作品を、極右として蛇蠍視するアメリカ人は少なくない。ネオコンと同一視する人々も多い。

ランドは、若くしてソ連からアメリカに単身亡命したユダヤ系女性である。社会主義国家の集団主義、自由の抑圧、経済的混乱の実相を知っていたランドは、自由の国アメリカを賛美し続けた。大恐慌時代の左傾化するアメリカを憂い、四三年に発表したのが本書『水源』(一九四三)である。冷戦期のソ連の勢力拡大を憂い、五七年に出版したのが『肩をすくめるアトラス』(脇坂あゆみ訳・ビジネス社)である。

ランドが提唱した客観主義という思想は、政治哲学用語ではリバタリアニズムと呼ばれるラディカルな自由主義に属する。個人の自由と平等と幸福の追求の権利を守ることだけが政府の機能とする最小国家を支持する。これは、「独立宣言」の理念に依拠したアメリカの草の根の保守主義でもある。ところが、ランドの思想は、全世界アメリカ化(グローバリズム)やアメリカ一国主義(ユニラテラリズム)を大義とするネオコンの論理に賛同すると解釈もできる。彼女は、熱烈に自由放任資本主義を擁護し、アメリカ的システムを神聖視したから。

リバタリアンとネオコンは似て非なるものだ。自分を搾取する者に性懲りもなく期待し続けてきた奴隷根性の日本人が、リバタリアニズムから学ぶものは多い。一方、ネオコンは、長いものには巻かれる日本人の奴隷根性を増幅させる。日本人にとって、アイン・ランドは両刃の剣である。しかし、ランドを読まずして、アメリカを知ることはできない。

(以上、転載終わり)

8.『肩をすくめるアトラス』:『文藝春秋』2005年1月号 松原隆一郎、福田和也、鹿島茂「鼎談書評」 p.362-365

9.『肩をすくめるアトラス』:『朝日新聞』2004年12月12日朝刊 山形浩生 p.17

(以下、転載させていただきました)

資本家による民衆搾取を糾弾する小説は多いが、本書はなんと、愚鈍で醜悪で無能な人民が、福祉とか公平とか弱者救済とかいうお題目をかさに、有能で美男美女ぞろいの資本家たちを弾圧して搾取していると糾弾するお話だ。登場人物は会話のたびに延々と演説を展開し、描写も大仰でくどく(おかげで二段組み千ページ超の卒倒しそうな長さ)、小説としては下手。

だが(いやそれゆえに)主張は実にわかりやすく、原著刊行後半世紀近い今もアメリカでカルト的な人気を持つ。それは凡人に、自分は実は有能なのに社会に弾圧されているから芽が出ないと責任転嫁させてくれる便利な仕掛けのせいが大きいけれど、一方で過度の規制が経済の活力を殺(そ)ぐという点で本書が半面の真実をついているためもある。

このため本書は通俗的な自由放任主義論のバイブルにもなっている。現代米国思想の一端を知るために一度(眉にツバをつけながら)読んでおいて損はない。

〔以上、転載終わり〕

10.『水源』:『日本経済新聞』2004年12月26日朝刊 小谷真理「回顧2004---私の3冊」p.20

11.『水源』:『New House』 2005年 4月号(ニューハウス出版) p.197

12.『肩をすくめるアトラス』:『信濃毎日新聞』 2005年05月22日朝刊 越智通雄 p.10

13.『肩をすくめるアトラス』:『北海道新聞』 2005年05月06日 夕刊 永瀬唯 p.11


C 関連記事、エッセイなど
1. 『しゃりばり』2004年10月号(通算273号)
橋本努<「自由」で「不自由」な社会を読み解く7> 「逞しき個人主義とは」p.62-63

2. 森村進編著 『リバタリアニズム読本』 勁草書房 2005年3月
藤森かよこ執筆 「客観主義」p.8「リバタリアンな映画」p.88「アイン・ランド『水源』」 p.106

3. 『水源』&『肩をすくめるアトラス』:『SFマガジン』 2005年06月号
永瀬唯 p.254

4. 『日経アーキテクチュア』 日経BP社 2005年8月8日号
特集「社会と触れる『課外活動』」の中の「創造とは何かを問いかける邦訳まで半世紀待った"建築家小説”」として『水源』が紹介される。 p.98

5.宮崎哲哉 『週刊文春』 2005年9月8日号
p.157. 『肩をすくめるアトラス』が紹介された。

6.藤森かよこ 「儲ける<女> Atlas Shruggedが寿ぐ美徳の産物としての貨幣」
『英語青年』 2005年11月号(第151巻/第8号) 研究社 pp.463-65.
「特集:アメリカ小説を支える<女>たち」に収録された短い論文。日本の英米文学系学術雑誌に初めて『肩をすくめるアトラス』が紹介された。

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