雑文
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アイン・ランドのお墓探訪の記(1)


ニューヨーク市のマンハッタン島のグランド・セントラル駅から、メトロノース鉄道ハーレム線の急行に乗って40分ぐらいで、ヴァルハラ(Valhalla)という町に着く。ハドソン河の東岸にタリータウン(Tarrytown)というワシントン・アーヴィングが『スケッチ・ブック』に書いた「スリーピー・ホロウ」の伝説(ジョニー・ディップで映画化された)で有名な町があるのだけれど、そこからあまり遠くはない小さな町だ。と言ってもアメリカだから、日本的空間距離感覚から見れば、けっこう遠いかもしれないが。電車賃は、2001年現在で、往復11ドル。ラッシュ・アワーだともう少し高くなる。途中、日本人駐在員なども多く住んでいるハーツデイルとかの町もある。ここに前は「ヤオハン」があった。名前を変えて今もこの日本人向け大スーパーはありますが。シアトルのウワジマヤみたいなものでしょうか。この路線は、ニューヨークのベッドタウンである郊外を東北方向に縫っていくのであります。

「恋に落ちて」とかいう、ニューヨークを舞台にした退屈きわまる中年男女の恋愛映画が1980年代にあったが、あのふたりが乗っていた電車は、メトロノースはメトロノースでも、ハドソン線。ハドソン河沿いに北上し野趣に富んだ風景が展開されるので、私はこっちのほうが好きだ。対岸に異様な威容を誇る要塞のような城のような、シュールなほどに巨大な建物が見えたら、それが「米国陸軍士官学校」ウエスト・ポイントです。アイン・ランドはここに招かれて、卒業式に講演したことがあります。19世紀のアメリカにはハドソン・スクールという絵画の一派があったが、それはこのハドソン河と河岸に広がる雄大な風景に、「崇高の美」というものを、英国とは一世紀遅れで感じて、それを描いた画家たちのこと。ハドソン線の終点は、ポーキプシーという別荘町。ルーズベルト一族の邸宅群やバンダビルト財閥の別荘もある。ルーズベルト一族経営のワイン醸造工場もある。FDRの愛人の住んでいた屋敷もあると、乗り合いタクシーの運転手が言っていた。「本宅」と道をへだててあったそうな。まさか、ほんとか?さすが、真珠湾奇襲攻撃情報をつかみながらも、あえて日本にやらせて、大統領選の公約で「しない!」と否定したアメリカ参戦を、しっかり実現させた男である(The Day of Deceit読んでね!)。日本も自らの母国も世界も欺いた男である。いい度胸している。女房のエレノア・ルーズベルトも大した女性だったけれども。私は、あの手の教条的優等生は好きではないけどね。あの手の優等生女は、実は隠れたる支配欲や権力欲がすごい(そんなもの欲しがるほど劣等感が強い。飢えている。)のだが、あの時代のああいう立場の女性は、そういう形で自己主張するしかなかったんだろう。亭主が希代の美男の確信犯的悪人ならば、生真面目なブスの女房は「正義の味方」やるしか、浮気な亭主に勝ち目はなかったんだろう。アメリカの大統領夫妻というのは、身の上(身の下?)相談的にも面白い。

ところで、ポーキプシーは、アメリカ初の女子大学、名門バッサー大学がある町でもある。今は、男女共学になっているけれどね。この大学のキャンパスは、大富豪用の別荘町にあるだけあって、バッサーという独身で亡くなった超金持ちの男性の莫大な遺産で建てられただけあって、実に美しく壮麗であり、かつ優美である。私の偏愛するメアリー・マッカーシーの母校でもある。私は、20世紀の前半には「新しい女」のメッカとして圧倒的な優越を誇った、この名門大学のキャンパスに心底から仰天した(ハーバードとかコロンビアなんて小汚いだけで何も感じなかったが)。「こんなすごい所を出たお嬢さんの書くものが、私みたいな野良猫にわかるわけない!」と思い、私はマッカーシー研究を諦めた。そういえば、セント・ルイスで見たミシシッピー河が、『ハックルベリー・フィンの冒険』で想像していた河と違っていたので、マーク・トゥエイン研究もやめてしまったな。ブロードウエイで演劇見まくって、テネシー・ウイリアムズ研究もやめてしまった。単に飽きっぽいだけかもしれないが。ルイジアナのプランテイション・ハウスとその敷地(なんてもんじゃない広大さ)見たときは、『風と共に去りぬ』のヒロインの矜持と誇りは、日本の貧乏な下層中流階級の女になどわかるわけないよ、と納得せざるをえなかったしなあ。本物見ると、ともかく驚かされることが多いものであります。


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