I've Got a Randian ! (ランディアン発見)

第2回 天才フレンチ・シェフ 岸田周三さん   [7/25/2008]


★NHK総合毎週火曜日10時から放送の『プロフェッショナル仕事の流儀』の2008年2月5日77回は、「岸田周三さん」という、まだ33歳の大学生にも見えるような青年を紹介していました。この番組で紹介されてきた数々のプロフェッショナルの中でも一番若い方です。岸田さんは、日本人で初めてミシュランからフランス料理部門で三ツ星★★★を獲得したシェフなのです。

★私は、この日の放送を視たわけではありません。桃山学院大学の学生さんから「ハワード・ロークそっくりなフランス料理のシェフがいますが、センセイは知っていますか?」とメイルで教えてもらったのです。「あ、そう?」と、教えてもらったことは何でも即座に自動的に機械的に調べる私は、「岸田周三さん」について調べました。そして、歓声をあげました。「ああ〜〜ほんとだ!ハワード・ロークだ!ハワード・ロークがいる!」と。

★まずは、You Tube(http://jp.youtube.com/)で、「岸田周三」で検索して、6回にわけて投稿されている『プロフェッショナル仕事の流儀』をご覧ください。是非とも、ご覧ください。『水源』を読んだことがある方ならば、びっくりなさるでしょう。「ああ〜〜ほんとだ!ハワード・ロークだ!ハワード・ロークがいる!」って。

(以下、番組中の岸田さんの発言からの聞きかじり)

「料理だって、その時代ごとにどんどん発展していかなきゃならない。100年前や200年前に作られた料理法のままでいいわけがない。現在の料理法は過去よりももっと進歩したものじゃなければいけない。10年後ならば、もっと進歩していなければいけない」
(日本の食材を使っての新しいフランス料理と調理法について。調理器具も鋸だの生花用鋏だの金属手袋だの調理道具ではないものを活用する理由を問われて)

「1日16時間立ちっぱなしの仕事ですから、足腰がやられますからね。毎朝30分の筋肉トレーニングは欠かせません。風邪もひきにくいからいいですよ」
(8時45分の職場入りの前に自宅で筋肉トレーニングを30分間する日課について)

「昨日より今日、今日より明日、進化する」
(座右の銘)

「ここが最前線」
(職場の厨房で)

「命を食すのですね。殺して食べるんです。殺される動物のことを考えれば、いい加減な気持ちで料理できません。料理人として責任重大です。」
(鹿肉の仕入れのために北海道の鹿猟に同行して)

「何か足りない。努力が足りない」
(フランス料理禁断の食材「本マグロ」を使っての新作料理がうまくいかなくて)

「つまらん。君にあげるよ」
(試行錯誤の末に、マグロとトリュフに合う「九条ネギ」を求めて京都まで行き入手して作った新作料理は、それなりに美味なものだった。しかし「心をゆさぶるような、おいしさではない」と判断して部下に一言)

「プロフェッショナルとは、高いモティヴェイションを持つこと。それを維持することです」
(番組の最後に、「プロフェッショナルとは何でしょうか」と司会者に問われて)

(以上、番組中の岸田さんの発言からの聞きかじり終わり)

★ハワード・ロークとの共通点その1 「志」
岸田さんは1974年愛知県に生まれて、小さいときからお母さんの料理のお手伝いをするのが好きでした。高校卒業後は迷わず料理の道にはいり、ホテルや有名レストランで修業しましたが、26歳のとき、わずかな貯金を持って、何のあてもないままパリに行きました。パン屋さんで売っている焼き立てのパンは高いので、スーパーマーケットで10本入り袋詰めで売っているパンを買い水だけで食べました。一泊2000円の安ホテルに頑張って、パリのレストランを回り直談判で職を求めて、皿洗いから仕事を始めました。フランス料理人としての本物の修行をパリで始めました。岸田さんはめきめきと頭角をあらわし、勤務先のレヴェルを上げていき、パリでは計4軒のレストランで修行しました。

岸田さんは語りませんが、フランス人同僚の嫉妬とか嫌がらせとかもあったかもしれませんよね。たとえば、日本の懐石料理の料亭の厨房に雇われたベトナムの男の子がとんでもない才能を見せたら?包丁とまな板と布巾を華麗に端正に清潔に使いこなし、米のたき方、だしのとり方が確実で、醤油やわさびの使い方に長けていたら?盛り付けから器の選定まで日本美を発揮できたら?日本人の同僚たちは、いずれは彼を認めるしかないにしても、「ベトナム人に日本料理がわかるか!」と最初は悔しく忌々しく思うのではないでしょうか?

ハワード・ロークが認められるまでの日々を髣髴(ほうふつ)とさせますね〜〜

★ハワード・ロークとの共通点その2 「師」
岸田さんを変えたのはパリの有名レストラン「アストランス」のシェフであるパスカル・バルボさんとの出会いでした。バルボさんは、人格も素晴らしいのですが、何よりも、現代にあったフランス料理を生み出した開拓者でした。濃厚なソースに依存しない素材の持ち味を生かしたシンプルな調理法の開拓者でした。「料理人はロボットではない」と言って、同じ種類の魚でもすべて同じではなく、身の水分量、肉の厚さによって、それぞれに火加減を考えて調理しなければならないことを身をもって示してくれました。

バルボさんは、いわば岸田ロークにとっての、ヘンリー・キャメロンですね!

それからの岸田さんは変わります。毎週末、イエナ市場に出かけて野菜や魚のことを学びます。精肉店でアルバイトして、肉の解体&さばき方を学びます。素材のことを徹底して知るためにです。ロークが、建材になる大理石の種類にも非常に詳しかったのを思い出しませんか?いや〜すごい。ロークみたいな人っているんですね。しかも日本人の白皙の青年でした。嬉しい!

とうとう、パリの有名レストラン「アストランス」のNo.2にまで日本人の岸田さんがなったのです。人種差別とかいろいろありますが、技術でも学問でも高度な水準にいたると、差別はない。世界の湯川博士、世界の黒沢、世界のタケシになってしまえば差別は受けない。

女も徹底してプロになれば差別もセクハラも受けません。個人レヴェルで言えば、「差別されている!」と愚痴るより、個人の能力を高めることが先です。「仕事」の質を高めることに集中していると、暇人たちの嫌がらせなんか忘れます。馬鹿は、黙って長いスパンで見物していればいいのです。自滅していきますから。長期的には世の中はわりと公平です。

★ハワード・ロークとの共通点その3 「仲間」
岸田さんは、仕事が終るとき、必ず12人の部下のひとりひとりと握手します。一日の仕事を終えたあとの「戦友」どうしの互いへの感謝と明日への約束の握手です。岸田さんは、部下を呼び捨てにしたりしません。部下に感情をぶつけることもしません。普通の丁寧語で話しています。これは、従業員の仕事へのやる気(motivation)の維持は、まずは互いのコミュニケーシンからという、師のパスカル・バルボさんの姿勢から学んだことでもありました。個人の人間を大事にしないと集団の仕事の質が劣化します。

私が、テレビの放送(You Tube版)から見た限りの印象では、岸田さんの部下の方々は、無駄口たたかず仕事をこなしてはいますが、緊張しているわけではなく、ピリピリしているわけではないように見えました。岸田さん自身が集中力を高めて仕事していますが、ピリピリしているわけではなく、静かに飄々と作業しているようでした。オーヴァー・アクションとかスタンド・プレイ的な軽薄さが皆無の虚栄心のない静かな仕事ぶりでした。

でも、こういうボスが怖いのですよ。無駄口たたいて口うるさい上司など幼稚で他愛がないだけですから、無視できます。その種の人間は本質的に人間依存症です。仕事そのものの質よりも、そこでの人間関係に左右されるタイプです。

反対に、そこに静かにいるだけで、静かに仕事しているだけで、周りを良い意味で緊張させる人っていますよね(って、私は会ったことないけど)。

ハワード・ロークの設計建築事務所の部下たちは、自分のボスとおしゃべりするわけでもなく、飲みに行くわけでもないのですが、ロークといっしょに仕事することに悦びを感じていました。自分がほんとうに生きているという充実を感じることができました。

志を共有するとか、目的を共有するとか、同じ方向を見て学び具体的に作業を進行し、形にしてゆく人間関係の中にしか、ほんとうの友情も敬意も理解も、生まれないような気がします。仕事させれば人格はもろ出ますからね。人格は卑劣だが仕事はできるっていう人間の仕事というのは、少なくとも人を喜ばせる類の仕事ではないな・・・

★私はまた生きる目的が増えました。この岸田修三さんのレストラン「カンテサンス」(http://www.quintessence.jp/)で岸田さんのお料理を自分に食べさせることを許せるような、きちんとした仕事をしようと、あらためて心に誓いました。ハワード・ロークのような天才シェフの作品を食べるのにふさわしい人間になりたい、と思いました。

食べ物に貴賎などありません。私は、どの店でも、まずいもの食べさせられた記憶が、ほとんどないです。みなおいしくいただきます。はっきり言って、どこの店がどうのこうのとこだわるグルメの気持ちはわかりますが、そういう気持ちは「畏れ多い」ような気もします。私個人に限れば、「食えるなら、ありがたい」が本音です。ガダルカナルやアッツ島で飢餓で亡くなった兵隊さんたちのこと思ってしまいます。ほんと。

しかし、岸田さんのお店に関しては、岸田さんがハワード・ロークを思わせるという点において、私にとっては特別の「憧れの場所」となりました。絶対に行くぞ!そうだ、岸田周三さんのことを教えてくれた学生さんにも、感謝の意をこめて、岸田さんの作品をご馳走しましょう!教えてくれて、ありがとうね!

岸田さんのことを知って、私は久しぶりにアイザック・ディネーセンの同名小説の映画化である『バベットの晩餐会』(1987)というデンマーク映画の名作を思い出しました。フランス革命によって国を追われ家族を殺された元フランス宮廷の女性料理長バベットが、過去を隠してデンマークの老人ばかりの寒村に逃げてきました。寒村の老人たちは、素性のわからないバベットという孤独な中年女を黙って受け入れます。この女は、だんだんと立ち直っていくようでした。

そうこうするうちに、宝くじがあたったバベットは、その金を全部費やして「正真正銘のフランス宮廷のフルコース」を作る食材を買い求めます。寒村の老人たちを招いて晩餐会を開きます。その料理の手順が丁寧に映画では映し出されていました。孤独に硬く閉ざされた老人たちの心は、バベットの料理によって温かく開いてゆきます。素晴らしい映画でした。あの映画をまた見たくなりました。

「食べる」ってことを、あだやおろそかに扱ってはいけないですね・・・私は、いっしょに楽しくご飯を食べることができる人間どうしの関係は愛の関係だ!と勝手に思っています。料理はその関係の媒介ですからね、料理人は愛の天使キューピットですね!