アキラのランド節

男の顔 [09/20/2003]


あんまり大きな声では言えないが、引退を表明した「野中広務」という政治家の顔が、私は好きだ。なんか勝手に「男の顔」だなあ・・・と思っている。ああいう顔の父親とか上司には、逆らう気にはならないな。怖いからではないよ。苦労もした、屈辱もあった、屈託もある、だが、みな引き受けて自分で背負って泥かぶって生きてきた、後ろ暗いこともしてきた、でも他人の褌で喧嘩したことはない、自分自身で処理してきた、という顔だ。だから、陰りもあるし、スッキリしていないし、上品でもない。でも、下品かもしれないけれど、下司な顔ではない。卑しくない。ああいう顔の前では、くだらない理屈を言う気がしなくなるよね。70歳過ぎたら、ああいう顔になっていないと、男なんてやっててもしかたないだろう。宦官でもやってろ。

一方、私が嫌いな男の顔というのは、「つるっと」した、お上品&知的ないかにもいかにものインテリ善人顔だ。「牧師」とか「大学教授」とか「官僚」に、よくあるよね。「牧師」の善人顔は、単に凄みも迫力もなくて、世間からは内心は馬鹿にされお守りされている人畜無害の善人顔。「大学教授」の善人顔というのは、一種の「世間にチヤホヤしてもらいたい世捨て人=永遠のガキ」が漂わせている、「試されない魂を持つ空虚さゆえに陰影のない」顔。「官僚」の善人顔ってのは、いかにも「エリートですっインテリですっ上品ですっ特別ですっだから絶対に責任は取りませんっ」という無責任と傲慢と慇懃無礼さが合体して曖昧になり無表情な感じの優等生顔。

先日も北朝鮮の拉致問題で、北朝鮮とのパイプ役だとかいうNPOの代表の50代半ばくらいの男性(名前なんだったか・・コニシか?・・・忘れた)が昼の時間帯のテレビのニュース番組(ワイドショーか?)に出ていた。その顔は、最高に私が嫌いな顔だったな。いかにもいかにも怜悧そうなお上品なインテリそうな、「筑紫哲哉」から毒気を抜いた代わりに、体裁ばかりを構う冷酷な感じを加味した顔は、「牧師」と「大学教授」と「官僚」を合体させたような醜悪な「善人顔」だった。見ていて不快で不吉な感じがする顔。徹底的に、心の中には名誉欲と自己顕示欲と教条的な世界観しかない顔。のくせに、「正義の味方」ぶった顔。昼食がまずくなったぜ。

いつ頃から、NPOだのNGOだのというものが、なにかカッコいいみたいなイメージで語られて、市民権を得たのだろう?1990年代の半ばあたりぐらいからかなあ。たとえば、お金余っている人間が、もう少し世の中のためになることしようというので、ナントカ財団とか作って、何かやっているのは、金の出所もはっきりしているので、「どうぞ勝手にやって下さい、ありがとうございます」という感じだが、なんかよくわからないNPOだとか、NGOってあるね。この種の組織も、ピンからキリまであって、一概に評価などできないものなのだろう。が、「この連中何やってんの?」と疑う方が、まっとうに働いて税金を払っている市民の感覚だと思うが。

「まあ、うちの学生でも、そういうところに就職したいとか口走るのがいるが、どうも「新種の公務員」になるつもりでいるらしいんだよね。営利企業じゃなく、社会のためになって、市民の中に入って活動できる仕事で・・・とかナントカ言っている。じゃあ、はっきり本当の意味での公僕たる公務員か政治家めざせばいいのではないかと思うのだが、苦労とか勉強はしたくないらしいのだよね。競争にさらされるのも、ノルマを果たすのもしたくないらしいのだよね。

営利企業はいやだとか言うけれども、ほんとうに世の中に役に立つことには、必要なことには、人は金を払う。なぜ、ソープランドの女性は、OLよりも収入は高いか。圧倒的に、ソープランドの女性の方が、社会のためになっているからだ。必要とされているからだ。金さえ出せば、体を触らせてくれる女性とか、相手にしてくれる女性は、ありがたい。今後、日本の女は、甘えのお化けのくせに可愛げのないコミュニケーション能力のない男なんか、ますます相手にしないので、ソープランド系の仕事は、もっと需要が増えるだろう。「もてない男」は、徹底してもてなくなる。ただし、学歴や就職先の名前や職業のおかげで、本来ならば「絶対もてない男」でも、ある程度は何とかなるが。趣味も価値観も美意識も何もない、食わせて贅沢させてくれればそれでいい、男は自分の虚栄を満たす道具であると信じて疑わないという女は、ある程度はこの地上に棲息するので、金も地位もある男は安心して下され。何の話か。

それはさておいて、人間が、命の次に大事で頼りになる金を払う気になるサーヴィスなり、商品を提供する仕事は、神聖で、清潔だ。そういう金を、顧客に安心して払わせるだけの、信用とか実績とか「実質」がなければ、その仕事は維持・発展もしないだろうから、つまりそれを可能にするためには、企業人は努力せざるをえないので、営利企業は、ある程度は信頼できるし、フェアだと思う。馬鹿やっていれば、淘汰されるんだから。だけど、ある組織が、何を目的として、何を提供するんだかわけがわからなくて、その仕事の成果なり失敗なりがきちんとガラス張りになっていないというのは、「うさんくさい」と思う。詐欺とスレスレだと思う。はっきり言って、私はその仕事の成果が問われない仕事とか、責任を伴わない仕事は、みな「卑しい」と思っている。売春婦は卑しくない。でも、わけのわからんNPOとかNGOは、卑しい。

あの北朝鮮と日本のパイプ(?)とかのNPOの代表の「紳士」は、いかにもお上品ではあったが、実に下司な感じがした。「独裁者金正日についてどう考えるか?」というキャスターの質問に対して、「本人とは親しいので、そう言うことは言えない」と答えていた。  「金正日に会えるのならば、我々の思いを伝えて下さい」と拉致被害者の家族に言われて、「別に会うのは難しくはありませんがね」と答えていた。「あなた方NOPは、北朝鮮から利用されていませんか」と言われたとき、「結構じゃないですか。大いに利用してもらいたいですよ」と言っていた。最後には、「いいじゃないですか、北朝鮮の言いなりになれば。人質が帰ってくればいいじゃないですか」と言っていた。なんだ、人質って??こいつの感覚が、わからん。答えは、すべてはぐらかしの捨て台詞だ。この人物の目的がわからん。立場もわからん。この人、何やって食べてんの?このNPOの出資先はどこ?

ほんと「うさんくさい」よなあ、この種の「小利口言い抜けインテリ中年オジサン」って。学生運動していた頃の物言いが抜けないのかねえ。この代表なる人物は、単なるNPOの代表であり、政府の代表でも、外務省の役人でもないので、何やろうが国民の審判にさらされることもないし、失敗しても責任を負うこともない。政治的立場を鮮明にしないんだから、公的立場っていうほどの公的立場でもないのだから、田中均とかいうお役人のように爆弾を自宅にしかけられることもないし、野中広務氏のように、ほんとにアメリカの手先から暗殺されかねない危険にもさらされない。「どこの国の外交官なんだ、爆弾しかけられるのも無理はない」みたいなこと大いに共感できるようなことを正直に言ってしまった石原慎太郎東京都知事のように、マスコミにたたかれることもない。

確かに、あの代表の顔は、厳しい評価にさらされることなく、成果やノルマを果たさなくても、プライドと世間体を維持できる立場に長くいた人間の顔だ。泥をかぶることもなく、悩むことも、追い詰められることも、あからさまな侮蔑や屈辱も体験しなかったくせに、プライドばかりは無意味に過剰に持っている顔だ。目つきだけはやたら陰険だったから、けっこう、あれで被害者意識も強いのだろう。野中さんは、醜男かもしらんが、「もののあわれ」を知っている可愛い瞳をしているぞ!いい年して、男があんなにつるっとヌメヌメ滑らかな皮膚をしている(と思う)なんて、専門職として美容に留意しなければならない「ゲイ・バー」勤務の男性や俳優ならいざしらず、よほど実のないことばかりしているんだろう。しょうもない。

有名国立大学の教授には、ほんとにああいう顔がいっぱいあるよ。傲慢な善人面が。サヨク学者(資本主義国日本の税立大学に勤務しながら、社会主義者とか共産主義者っていう立場は私にはよくわからん・・・アカデミック・フリーダム??まあ無力だから、放し飼いされているってことか・・・寛大でかつ余裕があるのね、税立大学って)に、よくいるよね。もののわからない頭でっかちの馬鹿優等生女子大生あたりには、「素敵なセンセイ」とかで憧れられているんだけど(だからセクハラにあうんだよ!)、同僚からは、密かに、徹底的に嫌悪されているっていうタイプだな。富士山といっしょで、遠くから眺める分にはいいが、近寄ると廃棄ゴミと糞尿の匂いがするってのと同じだな。