書評    Almost Monthly Book Review
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■2003年1〜2月に読んだ本から

フランシス・フクヤマ 鈴木淑美訳
『人間の終わり---バイオテクノロジーはなぜ危険か』
ダイヤモンド社 2002.9 \2000


前世紀において、先進諸国が達成すべく努力してきたもののひとつに「機会の平等」というのがある。スタートの条件はいっしょになるように保証しますが、結果は個人の努力ですからね、自己責任だから文句なしね、と言える状態は最良の社会的政治的環境なのだ。「結果の平等」は、人間が望んではいけないものだ。生まれるのも死ぬのも、どんな資質に生まれつくかも、偶然=運なのだから、それを耐えるのが人間なのだ・・・これが前世紀の前提だった。

二一世紀は、遺伝子工学の発達によって、人間観の激変が迫られる(らしい)。生死病苦美醜根暗根明の苦悩が遺伝子の操作で解消されるとするならば、その可能性を否定して、旧態依然たる不良欠陥人間でいることの意味があるのか?ないよなあ・・・21世紀は、あらたな優生論の時代かもしれない。犯罪者傾向の人間のDNAを早期発見して治療なんて可能ならば、それに反対する理由ってあるのかなあ。痴漢変態DNA所持男たちなど、染色体いじくって女にしておいたほうが社会のためとか・・・いっそ生まれてこないことにするとか・・・まあ、私は旧人類として、不良欠陥人間として死んでいくので、どうでもいいのですが・・・後は野となれ山となれ、人間の終わり。


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